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SHINOBAZUコラム104 駒井哲郎「海底の祭」 荒井一章 開催中の展覧会「駒井哲郎 樹のある風景」。本展にあわせ、画廊主の想い出をご紹介します。
今から45年前、東京上野・池之端に不忍画廊が誕生した。羽黒洞・木村東介の二人の娘(木村品子、荒井織枝)が始めた。不忍池のほとりの角の小画廊である。芸大に近く、当時芸大で版画を教えていた駒井哲郎も画廊の常連の一人であった。画廊の裏に駒井の属する春陽会の大家・木村荘八の未亡人の経営する酒房があって駒井は酒好きときて通っていたという。したがって画廊では駒井の銅版画を扱っていくようになる。私が羽黒洞に入った年、駒井は酔って交通事故に遭い、足の骨を折って入院する。木村東介の意向で入院中の駒井を大量の果物持参で見舞った。ベッドに寝ていた駒井と話す新人画商の私には大した話題もなかったが「画廊の人でお見舞いに来たのは君だけ・・・」と言って涙ぐんでいた。私の記憶では、病院見舞いが最初の顔合わせだった。一年後ぐらいしてから、上野広小路の地下鉄の駅、線路をはさんで駒井が杖を持って反対ホームにいた。手で足をたたく仕草を見せて、笑って頭を下げたのを憶えている。その後私の代になった不忍画廊へ安東次男と連れ立って来たり、画廊で待ち合わせたりした事があった。師である長谷川潔の作品はしきりに誉めた。が他の版画作品は一瞥するのみであった。「甘い」という事だった。反論する気持ちを押さえつける力を感じていた。「海底の祭」は何回か手に入れた。一番初めは南画廊の志水さんから買った。次に憶えているのはぎゃるりいユマニテの西岡さんから買った。お二人とも素晴らしい画商だったが故人になってしまった。 |
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